第100号に続き、日本傷痍軍人会よりご寄贈頂いた外国の類似団体関係の資料を紹介します。今号は「イタリアの傷痍軍人会館の記念楯」です。


イタリア傷痍軍人会館(北側から臨む)が彫られている

 日本傷痍軍人会の代表が初めてこの“LA CASA MADRE DEI MUTILATI DI GUERRA”傷痍軍人会館を訪れたのは、昭和31年のこと。沖野専務がWVF(世界歴戦者連盟)の活動の為に渡欧した際、イタリアを視察。イタリア在郷軍人会の総会に出席しました。
 その際の記録が『日傷月刊』(第33~35号)に掲載されています。「……立派な傷痍軍人会館であった。ムッソリーニが建てたもので内部の壁画や装飾は流石ローマである。三十余の部屋があり……」と記されています。沖野専務理事がそう仰々しく表現するも当然で、当時、日本傷痍軍人会は東京・丸の内のガード下に本部を構えていました。傷痍軍人の為の建物を擁するイタリアの傷痍軍人会を複雑な心境で訪れたのでしょう。日本傷痍軍人会が“傷痍軍人会館”を得ることが出来たのは、それから約11年あと、昭和42年のことでした。

 黎明期の日本傷痍軍人会幹部による海外視察には、他国における戦傷病者の現状を調査する意味があり、国内においてまだ十分な援護を受けられていなかった日本の戦傷病者の状況を改善するための参考となりました。

 沖野専務理事が感激した傷痍軍人会館は今もローマ・テヴェレ川のほとり、サンタンジェロ城の隣に現存しており、戦傷病者の為に使用されています。


西側(サンタンジェロ城のテラス)より

南側(テヴェレ川側)より

 日本傷痍軍人会に関する資料はほかにも多数ご寄贈頂いています。今後の館だよりで紹介しますので、ご期待下さい。また、しょうけい館の常設展示では日本傷痍軍人会に関する資料を展示しています。黎明期の写真などもご覧頂けます。また、図書コーナーには日本傷痍軍人会やWVFに関する書籍もございます。是非ご来館の上、ご覧下さい。

【小景(しょうけい)第30号】

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2015年