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令和3年度春の企画展 残された言葉や声をたずねて

2. 戦後の労苦 Episode-6 Image

沖縄戦にて受傷し、右手を失う

Fさんは、昭和19(1944)年、17歳の時に陸軍球兵站部隊の事務員となり、物資の補給をする仕事をしました。翌年、南風原はえばるにて米軍の敵艦砲射撃により受傷します。陸軍病院に搬送され、手術により右手を失います。その後、退避していた壕内に投げ込まれた黄燐弾おうりんだんで、顔から足まで火傷を負います。


生きる気力を失うが、母の涙で決心

戦後は、受傷したことにより生きる気力を失い、家族に反抗する日々を送ります。そんな時、普段勝気な母親が涙で諭したことで我に返り、生きる決心をしました。当時の心境が映像と手記に残されています。「お前が腕を失くしたのも、全ては戦争だと号泣する母の姿を見て、初めて生き抜かねばと思った。」


晩年の思い

その後、福祉に携わり人を助けることが自分の道だと直感し、福祉一筋で働き通します。一時期は死んだほうが良かったのではないかと考えることもありましたが、生きていて良かったと話しています。さらに、母親の一言が無ければ今の自分はいなかったと振り返っています。


出展資料:新聞記事「沖縄タイムス 昭和35年1月26日」

出展資料:新聞記事
「沖縄タイムス 昭和35年1月26日」

児童園に勤めているFさんの新聞記事。同じ戦争の犠牲者として孤児たちのために働く姿が掲載されている。