上田毅八郎資料

 平成25年11月26日、海洋船舶画家の上田毅八郎氏より、水彩画・油彩画の作品およびスケッチブック類、道具類等、総資料2488点の資料を寄贈されました。
 上田氏は、陸軍の船舶砲兵として昭和19年11月、輸送船「金華丸」に乗船中、フィリピンのマニラ港で3日間にわたり敵機の攻撃を受け右腕を負傷。沈没する直前、重油まみれの海に飛び込み、九死に一生を得ました。戦後、負傷したことにより利き腕の右腕が動かなくなってしまい、左手に筆をもちかえ、生計できるよう看板の文字を描けるよう10年かけて書道をならいました。これにより左手でも文字や絵をえがくことができようになったのです。
 描かれた作品は水彩・油彩さまざまで、水彩は画用紙とボードに描かれています。戦艦・駆逐艦・巡洋艦・病院船等は、プラモ模型の箱絵としても活用されていますが、国内外の帆船、客船だけでなく風景画として港も描かれています。このほか、乗り物として国内外の蒸気機関車、電車はもとよりスポーツカーなども手がけています。風景画は牧歌的な農村風景等も描かれ、幅広い分野を手がけていたことが伺えます。
 今回、これら貴重な資料をご寄贈いただきましたので1点づつ保存・活用ができるように整理していきます。整理され次第、当館の情報検索コーナーで公開し、企画展として現物公開も可能にしていきます。


絵を描く上田毅八郎氏(昭和58年)

県傷資料について

 全国の都道府県にありました傷痍軍人会が、平成25年10月の全国大会を機に解散することとなり、一部を除いて各地の傷痍軍人会事務局が閉鎖されております。これにともない、各都道府県傷痍軍人会事務局で所蔵されていた貴重な資料の数々を、当館へ寄贈していただきました。
 時期的に集中したこともあり、順次、点数を確認したうえで受領書を発行しています。場所によっては来年3月まで運営されるところや、解散後も一時保管してあるところもあるため、今後も受入れを続けていきます。現在は、大まかな点数で概要を把握することしかできませんが、来年度以降、内容確認のうえ順次整理していきます。できるだけすみやかに公開できるように作業を進めていきます。


各県傷から寄贈された資料の一部
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2013年